肝がん(肝細胞がん)

肝がんとは

肝がんとは肝臓にできるがんの総称であります。大きく分けて原発性肝がん(肝臓から発生したがん)と転移性肝がん(他臓器のがんが肝臓に転移したがん)に分類されます。原発性肝がんの約95%を占めるのが肝細胞がんであり、次いで胆管細胞がん4%、その他の悪性腫瘍が1%とされています。ここから先の内容についてはわが国の肝臓がんの大部分を占める肝細胞がんについて解説していきます。

日本における肝がんは悪性新生物による部位別死亡割合において男性では肺がん、胃がんに次ぐ3番目、女性においても胃がん、肺がん、結腸がんに次いで4番目に多い疾患であり、その死亡者数は年間3万人を超えています。性別でみると男性患者の死亡者数が女性死亡者数の約3倍ですが、ここ数年来は女性の死亡数が急増している傾向があります。

肝臓がんはその原因が明らかになっており、その90%以上がウイルス性肝疾患を背景とした慢性肝病変、特に肝硬変を高頻度に合併しています。ウイルス性肝疾患には大きく分けてB型肝炎ウイルスによるものとC型肝炎ウイルスによる肝疾患があり、肝臓がんの約80%はC型肝炎ウイルス、約15%がB型肝炎ウイルスによる持続感染を発生母地としています。つまりB型、C型肝炎に感染している人は、肝がんの高危険群に属し中でもB型肝硬変、C型肝硬変患者は肝がん診療ガイドラインでは超高危険群に属します。

その他アルコール性肝病変、自己免疫性肝疾患、代謝性肝疾患などを発生母地とする肝臓がんも少数ながら認められます。

症状

一般に肝臓は「沈黙の臓器である」といわれるように、肝がんについても、これといった特有の症状はありません。むしろ何の症状も認めない患者様が多数認められます。肝がんそのものの症状というよりは、その発生母地となっている肝炎、肝硬変による症状が主なものです。すなわち、食欲不振、全身倦怠、黄疸、濃尿、腹部膨満、下肢のむくみ、貧血などが挙げられますが、むしろこのような症状が契機に認められる肝がんの場合は、すでに肝臓そのものの状態がかなり進行した状態にあり、治療に難渋するケースも少なくありません。

肝がんの診断

肝がんの診断は大きく分けて血液検査と画像診断により行われます。

1_血液検査

肝がんと診断するにあたって特徴的な血液検査として腫瘍マーカーが挙げられます。腫瘍マーカーとはがんが存在すると陽性となり、腫瘍の数や大きさが増えていくにつれ、数値が上昇していく特徴をもっており、肝がんの場合AFP、PIVKA-Ⅱと2つの腫瘍マーカーが用いられます。AFPでは20ng/ml以上の高値を示したときに肝がんが疑われます。AFP-L3分画という、より特異性のある腫瘍マーカーを使って調べることもあります。 PIVKA-Ⅱは他のがんでは上昇することのない特異性の高い腫瘍マーカーですがビタミンK欠乏を起こす抗凝固剤服用中の患者様では上昇することがあります。マーカーが陰性であっても肝がんが認められることもあり、また肝がんがなくとも慢性肝障害によって高値を示すこともあります。したがって血液検査だけでは肝がんの診断には不十分であります。

2_画像診断

肝がんの画像診断には腹部超音波検査、CT、MRI、血管造影検査などがあります。腹部超音波検査、CT、MRIでは造影剤を用いることでより詳しく肝内病変を精査することができ、1cmに満たない小さい肝腫瘤に対する性状についても肝がんであるかどうかの診断をつけることも可能となります。

3_その他

血液検査、画像検査にてある程度まで肝がんかどうかの診断は可能ですが、中には非典型的な症例に出くわすこともあります。その際には超音波検査で腫瘤を描出した状態で針生検を行うことで組織を採取し診断をつけることもあります。ただし、出血、疼痛、がん細胞を散らばらせるといった合併症を招く可能性もゼロではないだけにその必要性については十分に検討を行った上で、患者様の同意をいただき行っております。

肝がんの治療法

肝がんの治療には外科治療、穿刺療法、肝動脈塞栓術、放射線治療、化学療法(抗がん剤の投与)などがあります。ここでは穿刺療法、肝動脈塞栓術、化学療法について説明します。

1_穿刺療法

穿刺療法として当院では経皮的エタノール術、ラジオ波焼灼療法を行っております。いずれの治療についても例外はありますが、基本的な考え方として治療適応となるのは、肝がんの個数が3cm3個以下であり、肝予備能がある程度保たれていることが条件となります。

a)経皮的エタノール注入療法(PEIT)

超音波を利用して腫瘍内に針を刺し、無水エタノールを肝がんの部分に注入することでがん組織を死滅させる方法です。後に述べるラジオ波焼灼術に比べ手軽にできる長所はあるものの、液体であるため、アルコールが腫瘍外へ逃げることにより効果が不十分になることもあり、また完全な治療終了までには頻回の治療が必要となることもあります。

b)ラジオ波焼灼療法(RFA)

PEITと同様、超音波を利用して腫瘍内に特殊な針を穿刺し、針の先端部分から熱を発生させることでがんを焼灼してしまう治療法です。当院では直径2cm大と3cm大の腫瘍を焼灼できる針を用いて加療を行っております。確実に焼灼できる分、がんの近接に腸管や胆嚢、横隔膜近辺に局在する肝がんの治療の場合には焼灼に伴う近接臓器の損傷を防ぐ目的で、人工的に胸腔内や腹腔内に胸水や腹水を作成する工夫も行っています。PEITと比べ確実に焼灼できる点および治療回数が少なくてすむ長所があり、現在当院での穿刺治療の第一選択となっております。

2_肝動脈塞栓術

大腿部の付け根にある大腿動脈からカテーテルを挿入して肝内の動脈まで進めたあと造影剤を流すことで肝がんに栄養を送っている血管を同定し、その血管までさらにカテーテルを進めて抗がん剤、ゼラチンスポンジといった塞栓物質を注入することでがんを死滅させる方法です。多数の肝がんが存在している病態においても繰り返し治療できる利点がありますが、完全に肝がんの発生を押さえ込むまでの効果は認めないため、3cm3個以下の病変においては、引き続き穿刺療法を追加する場合もあります。

3_化学療法

肝がんは抗がん剤に対する効果があまりないために、現在のところ保険承認の得られている薬剤ではあまり高い有効性が得られていません。したがって上記の内科的治療が奏効しない場合などに行っています。投与方法としては肝臓内の血管にカテーテルを埋め込んで定期的に抗がん剤を注入する方法(リザーバー留置)や点滴治療として抗がん剤を全身に投与する方法があります。

肝がんの予後

肝がんの予後についてはその背景因子(肝炎、肝硬変)や発生時の年齢、合併症の有無などさまざまな因子によって大きく影響を受けるのみならず、一度発生した肝がんは根治治療できても再発する可能性が大きいため、一概に腫瘍の大きさ、数のみで予後を決定することが難しいがんであります。

最後に2005年の「科学的根拠に基づく肝がん診療ガイドライン」で提唱された肝がんの監視調査手順及び治療選択についての図表を下記に示します。

図1

図1 肝細胞がんサーベイランスのアルゴリズム

図2

図2 肝細胞がん治療アルゴニズム