南予医学雑誌20巻
43/88

-41-南予医誌 Vol.20 No. 1 2020中心部に潰瘍を形成した硬性下疳となる2)。これらは外陰部粘膜や口唇、舌にできることが多い。本症例の初診時には口唇、舌に初期硬結、硬性下疳を認めなかったが、後の問診で初診の約3ヶ月前に陰茎に潰瘍を認めていたことが判明し、硬性下疳であったと考えられた。第2期になるとTpが血行性に全身に散布され、皮膚、粘膜病変を生じる。梅毒性バラ疹はこの時期に特徴的である2)。口腔咽頭には口角炎や粘膜斑が見られる。粘膜斑は扁平で若干の隆起があり、青みがかった白または灰色の乳白斑を示す。咽頭の粘膜斑が軟口蓋の後縁に沿って孤状に拡大融合すると、蝶が羽を広げたような形態“buttery appearance”を呈する3)。本症例の咽頭粘膜疹はいわゆる“buttery appearance”であったと考えられる。 咽頭梅毒の粘膜斑は時に腫瘍状の所見を呈することがあり、悪性腫瘍も鑑別に挙がる4)。本症例では当初悪性腫瘍も疑い、扁桃組織の生検を行なっている。また、特異的な感染症も疑い細菌培養にも提出したが、この細菌検査では梅毒の診断は得られなかった。Tpは人工培地では発育しないため、一般細菌の分離培養法では検出できない。診断は直接法と梅毒血清反応によるが、直接法は硬性下疳から揉みだした滲出液をギムザ染色、ライトギムザ染色、パーカーインク染色、鍍銀染色、暗視野偏光顕微鏡法などの特殊な手法で染色し、Tpを直接観察する。梅毒血清反応は脂質抗原を用いたserologic test for syphilis(STS法)とトレポネーマ抗原を用いたトレポネーマ抗原法(TP法)がある。STS法はガラス板法、RPR法、凝集法があり、TP法はTPHA(間接赤血球凝集反応)とFBA-ABS法(蛍光抗体法)がある。梅毒血清反応は感染から約6週間は陰性であるため、この時期は直接法や臨床症状での診断が必要となる5)。STS法はTP法に比べ比較的早期に陽性となるが、生物学的偽陽性となることもある。いずれにしても直接法、梅毒血清反応ともに梅毒を念頭に入れていなければ診断は困難である1)。 一般に第1期、第2期梅毒は無痛性横痃と言われる所属リンパ節腫大を併発することが知られているが、通常は鼠径部に好発し、頸部リンパ節に生じることは比較的稀である5)。第1期は初期硬結が生じた所属リンパ節の腫脹が見られ、第2期では全身性にリンパ節腫脹が見られるようになる6)。本症例は治療開始後、咽頭所見の改善と共に頸部リンパ節も縮小が見られたことから梅毒性リンパ節炎であったと考えられた。また、すでに初期硬結、硬性下疳は見られず、頸部リンパ節腫脹は両側性に見られるため、第2期の全身性に生じたリンパ節炎と思われる。 治療法について梅毒はペニシリンの感受性が高いため、ペニシリン系の抗菌薬が第一選択である。適切な診断がなされずに盲目的に抗生剤投与しただけでも初期硬結、硬性下疳などの症状は改善するが、完全に駆梅できておらず、潜伏梅毒に移行し受診が途絶える恐れがある。本症例では陰茎に硬性下疳を認めた際に短期間の抗生剤投与により、局所症状に改善は見られたが、数ヶ月後に再燃している。梅毒と診断した後はペニシリン系抗菌薬を投与し、他者への感染性がある咽頭梅毒患者を確実に治療することは重要である。その際、STS抗体の数値は体内のTpの消失とともに低下するため治療の効果判定にはSTS定量法が有用である2)。

元のページ  ../index.html#43

このブックを見る