南予医学雑誌20巻
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-2-南予医誌 Vol.20 No. 1 2020 入院・入所者の避難において多数の死者を出した福島第一原子力発電所事故(以下、福島事故)は、原子力発電所(以下、原発)近隣に立地する病院関係者に強い衝撃を与えた。2011年3月11日14時46分、東日本大震災が発生し、さらに15時30分に襲来した津波により非常用ディーゼル発電機が損傷されるなどして、全電源喪失となった。このことが大量の放射性物質の環境への放出につながり、同日19時3分には国から原子力緊急事態宣言、21時10分には福島県より2km圏内住民に避難指示が出ている。その後、避難指示の範囲が20km圏まで拡大されて行く中で、医療機関や介護施設に残されていた約840名の患者や入所者の避難に関して、受け入れ調整が困難であった。さらに、重症患者や施設の寝た切り高齢者などが長時間にわたり、バス車内や避難所に放置された。その結果、50名以上の患者が基礎疾患の悪化、脱水そして低体温症などで死亡した1)-3)。 原発立地県である愛媛県では2013年6月、県地域防災計画(原子力災害対策編)に基づき、広域避難計画を策定し、その後も計画の改定を重ねている4)-5)。この中で、医療機関や社会福祉施設等における入院患者や入所者の避難については、あらかじめ作成した各施設の避難計画に基づき防災訓練を行い、避難体制の充実強化を図っていくとうたっている。しかし、医療機関や社会福祉施設が大規模な訓練を行うことには多大な労力を要し、頻繁に実施できることではない。その代わりに、入院・入所者の特性や、搬送に要する手段や時間などについてシミュレーションを行うことにより、実災害における避難の安全性、確実性を高めることは極めて有益である。 福島事故から3年3カ月後にあたる、2014年7月11日(金)午後、伊方原発の過酷事故が発生し、同日19時原子力緊急事態宣言が出たと仮定し、この時点の市立八幡浜総合病院入院患者数(救護区分別)を調査した。さらに、患者と家族に面談または電話で、上記宣言時点で直ちに自主避難するか、遅れて病院の避難団として避難するかを選んで貰った。患者自身が判断・回答できない場合、来院中の家族に面談で、または電話で回答をいただいた。 患者・家族への説明内容を表1に示す。避難方法を比較すると、自力避難は通常軽症者で、自家用車または行政が用意する観光バスなどで避難する。移動中の医療従事者による看視はない。診療情報提供書を持って避難し、避難先の医療機関へ外来通院する。この場合、出発の日時は患者または家族により自由に決めることができる。 一方、病院避難団として避難するのは、主に重症者であるが、希望があれば軽症者も含まれる。家族の同行は小児と重症者を除いてお断りし、出発のタイミングは重症度に応じた搬送手段が確保された後になる。 ここで、救護区分と搬送方法については、表2の定義を用いた。すわわち「独歩」は介助なしに歩行できる者、「護送」は介助があれば歩行できる者で車イスなどがは じ め に方   法 以上の観点から、2014年7月11日午後に福島事故同様の災害が発生したものと仮定し、どのくらいの患者が病院の避難団として避難することになるか、入院中の実患者や家族に聴取することによって調査した。

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