南予医学雑誌19巻
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黒田、他:非アルコール性Wernicke脳症の一例南予医誌 Vol.19 No. 1 2019-75-や鉄分と結合し吸収を阻害するという古い報告がある8-9)。1日3杯のコーヒー摂取により潜在的なチアミン欠乏準備状態になっていた可能性がある。そのような状態で,極端なダイエットを開始したことによるチアミンの摂取不足,さらに炭水化物であるパンを中心に摂取したことで解糖系の補酵素であるチアミンの消費が亢進されたと考えられた。また, 利尿剤は尿中へのチアミン排泄を亢進することが報告されており10),ダイエットと同時に新たに処方された利尿剤によりチアミンの尿中排泄が亢進し,チアミン欠乏を助長したと考えられた。  Wernicke脳症は不可逆的な後遺症が生じる場合があるため,早期診断が重要である。問題のあるアルコール摂取状況が確認できれば,早期にWernicke脳症を鑑別に挙げることができ,診断は容易である。一方,非アルコール性Wernicke脳症の原因は先述の通り多彩であり,その診断は困難である。先行する長期間の低栄養状態, または急性病態(術後や感染等)が存在すれば,比較的容易に想起できるが,受診歴のない初診救急患者では見逃される可能性がある。Wernicke脳症の診断は,臨床症状が多彩であるため困難とされており,古典的三徴(眼球運動異常,小脳失調,意識変容)すべてをきたすものは全体の16%にしか満たないとされる11)。 Wernicke脳症の診断は,Caineらによる診断基準が提唱されている12)。ⅰ)BMI<18.5・低Alb血症and/or明らかな栄養失調ⅱ)眼球運動異常 ⅲ)小脳失調症状 ⅳ)意識変容もしくは軽度の記憶障害。これら4項目のうち2つを満たすことを基準としている。症例では,経過中に出現した歩行時のふらつきは失調性歩行が疑われたこと,身体診察で眼球運動障害が認められたこと,および意識変容があることからなんらかの中枢神経病変が存在すると考えられた。そして頭部MRI検査でWernicke脳症に特徴的な画像所見が得られたため診断することができた。非アルコールWernicke脳症では,典型的なMRI像を呈することが少ないとする報告がある13)。しかし本症例では典型的な所見を呈し,診断の一助となったため有用であった。 本症例のように在宅で生活していたにも関わらずWernicke脳症を発症するような症例では,症状発現に至るまでの詳細な問診と丁寧な身体診察が非常に重要と考えられる。そして,古典的三徴のいずれか一つでも認める場合にはWernicke脳症を鑑別に挙げる必要がある。 Wernicke脳症の治療は,速やかな経静脈的大量チアミン投与である。非アルコール性ウェルニッケ脳症ではKorsakoff症候群の進行が稀とされていたが,Scalzoらは非アルコール性ウェルニッケ脳症の17%でKosakoff症候群が発症したと報告している14)。そのため,非アルコール性Wernicke脳症でも早期に診断し速やかに経静脈的にチアミンを投与する必要がある。投与量は,アルコール関連性であれば経静脈的にチアミンを1日3回500mgずつ投与することが推奨され15-16),非アルコール性であれば多くの報告で100-200mg/日で治癒している17)。本症例も,100mg/日を投与し神経学的後遺症なく改善した。しかし,チアミンによる副作用は非常に少なく,またコルサコフ症候群への進行を確実に防ぐためにはチアミン大量投与を考慮しても良いと考えられた。 意識変容を来している患者の診察においては,アルコール摂取歴がなくても,非ア

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