南予医学雑誌 第16巻
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林:三つ子の魂百まで南予医誌 Vol.16 No. 1 2015-3-をしたらよいのか解らず,相談する相手もなく一人で悶々と悩んでいる。企業戦士と呼ばれた時代もあった。父親は長時間勤務で仕事をつづけ,家庭に割く時間がない。子供の寝顔を見ながら出勤して子供が寝入った後に帰宅する日々,週末もなく働く背中を見せるしかなく,母親の子育てに関する悩みに真正面から対峙するのは困難だった。最近になってやっと「イクメン」という言葉も出てくるほどに,父親の育児に対する関心が高まり,仕事に対する考え方も変化してきた。母性剥奪 母性を否定した時代もあった。1980年に発刊されたエリザベート バタンデールの「母性という神話」では,「母性は本能ではない」と説く6)。前近代のアンシャンレジウム下のパリでは子供の価値は低く,女性は社交界での華々しい活躍や商売の成功に重きを置いていた。このころアメリカの新しい育児法として「抱き癖をつけない」育児が脚光を浴び,時間通りに授乳させ,泣いていても赤ちゃんを放置するという育児法を多くの母親は実践した。その結果,サイレントベビーが多発した。 赤ちゃんは泣くことによって欲求を表出し,母親やその他の育児者がその欲求を理解し受け止めて対応することで,赤ちゃんは満足して育児者との信頼関係が構築されていく。いくら泣いて要求しても放置され続けると,赤ちゃんはあきらめてしまい,育児者との関係・母児関係が構築されないままに育つ。かくして欲求や感情を押し殺したままのサイレントベビーとなる。 生後間もなくから生後48か月の間に母親やそれに代わる育児者から隔離された子供,即ち「母性剥奪」された子供は,身体・知能・情緒の発達が阻害され,治療を受けても十分な効果が上がらない場合がある。これは思春期以降にも影響を及ぼす。 この「母性剥奪」を受けた子供には「奇妙なおとなしさ」があるという7)。最近の基礎的研究でもネズミで同様の事実が報告されている。生後間もなくの赤ちゃんネズミを母親から隔離すると,成長して行動障害や認知障害を引き起こす。これは脳の神経系の変化を伴っており,髄鞘形成が阻害されるという8)9)。 母親と隔離しないまでも,母が自分の時間を持つために子供にビデオを見せたり,スマホで遊ばせたりという話はよく聞く。テレビの幼い時期の視聴は脳の構築に影響を及ぼし,認知機能や情緒の発達に障害を残すと報告されている10)。小児科学会は2004年「乳幼児のテレビ・ビデオの長時間視聴は危険です」と題する緊急提言を発表し11),長時間視聴によって,1歳6か月時点で意味のある言葉が出にくくなる危険性を提唱した。母親との情緒的な交流が蓄積され,この交流の定着から生まれる安心感の絆があればこそ,成長した子供に対して自立に向けた厳しい躾が可能になる。子供に対する価値観 子供に求める価値は国によって,時代によって変化する。1984年発刊の「子供という価値(柏木恵子著)」12)で,世界各国の当時の子供に対する価値観が比較されている。それによると日本は,アメリカ,ベルギーに次いで子供に精神的満足を求める国としてリストアップされている。 我国でも戦前は子供に労働を求めていた。野良仕事の手伝いをさせ,あるいは丁

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