南予医学雑誌 第14巻
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南予医誌 Vol.14 No. 1 2013-44-ン注入から発症までの期間は2ヶ月から40年と様々であり,2年以内での発症が9例,5年以降の長期経過後に発症したものが9例であった。注入時に感染があれば早期に症状が出現し,慢性期の異物反応が主体となれば5年以上経過してから受診するものと考えられる6)。 ワセリンは石油から精製された半固形混合物で,不溶性の物質である。油脂が生体に侵入すると一過性に急性炎症を生じ臨床的に広範な浮腫を呈する。ワセリンは不溶性であるため消失せずその場にとどまり長期的には局所に慢性炎症を生じる。特に陰茎では摩擦や熱刺激でより広範囲にワセリンが拡がり,異物を含む組織が皮膚と強固に癒着すると考えられている4)。 症状としては陰茎硬結・変形が最も多く,肉芽腫や潰瘍形成,疼痛,性交機能障害・排尿障害を伴う症例も散見される。治療は,可及的切除を施行されたものがほとんどであるが,皮膚浸潤は高度であり厚い組織を十分に切除するために植皮術を行う場合も多い。本例では,患者が植皮術までは希望しなかったため,陰茎根部の組織は切除せず,緊張なく縫合できる範囲で可及的に亀頭周囲の異物肉芽腫を含む包皮を切除したうえで閉創した。皮膚が壊死する危険がある場合は無理に切除せず残した方がよいという意見がある一方,将来の感染リスクを考え異物をできるだけ残さず2期的になっても摘出手術をすべきだという意見もある6-7)。術後患者はある程度の満足を得ているが,今後さらなる切除を希望するような場合には植皮術を考慮する必要がある。 一般的な組織像は,真皮全層にわたる異物による慢性炎症反応で,注入された油性物質由来の大小様々な空隙形成が特徴で,いわゆるスイスチーズ様と表現される5)。ワセリンは疎水性であり,またプレパラート作成の過程でワセリンが消失するためこのような特徴的な病理像を呈する。 異物注入による重篤な合併症のひとつにヒトアジュバント病が挙げられる。ヒトアジュバント病は,美容目的に使用されたパラフィンやシリコンなどの異物が体内に長期存在することにより発症する膠原病様の病態である。一般に,自己抗体の出現などの血清学的異常を伴い,強皮症様の臨床症状を呈すると言われる8)。近年では美容のみならず,ペースメーカーによるヒトアジュバント病なども報告9)されており,異物注入例では十分に注意する必要がある。本例ではヒトアジュバント病を疑うような臨床症状を認めなかったが,念のため自己抗体を確認し膠原病様の病態を呈していないことを確認した。 元来本病態は医原性の報告が多かったが,近年は非医療機関や患者自身による処置後の合併症として報告されることが多い10)。インターネットなどで情報を得て処置を行ったり,仲間同士で処置をしあったりしている例が見られる。特に未成年者の報告が増えてきていることも憂慮される。羞恥心から受診を控える例が多く,実際に悩みを抱えている患者は多いと考えられる。手術により異物を完全に摘除することは不可能であり,またヒトアジュバント病のような重篤な合併症も報告されていることから,社会的に危険性を啓蒙する必要がある。結   語 陰茎腫大,性交困難を主訴としたワセリンによる陰茎異物の1例を経験し,若干の文献的考察を加え報告した。

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